2011年1月27日 (木)

2010年の備忘録(その2)

そんなわけで、パソナとハロワには足繁く通わねばならない身なのだが、ここ2カ月近くは年末年始ということもあったし、ちょっとのんびりしていた。
そろそろエンジンをかけていかないといけないか。
ところでいつものように書くのを忘れていた上娘だが、昨年末にボウリングをやめた。
子供(孫)に手がかかるし、自分自身で働かなければいけないこともあるしで、色々考えた末に、時折、投げる程度にすることとして、本格的なボウリング生活は一旦終了とした。
まぁ将来、孫も大きくなって自身の生活も安定してきたら、趣味としてまた始めるなり本格的にまたプロを目指すなりすればいいだろう。
プロの世界もここしばらくは少々キナ臭そうだし。
何れにしても、残念ながら数年でプロボウラーになるという夢は挫折して終わってしまった。
時間的にも金銭的にも、そこまで努力できる環境ではなかったし、本人の意思も強靭とは言えなかったので仕方なかったのかもしれないが、とても残念だ。
結局、昨年一年間は何も結果を残せなかった。
かつて下娘を追い抜いたほどの精進をを見せたことも今は昔、数年後の捲土重来を期待するとしよう。
翻って、そう言えばの下娘、ハイスコアは更新できなかったが、ハイシリーズは更新した。
H3が、9月のJBCダブルスリーグで出した、218-267-247の732で、H4が、5月の中村美月プロチャレで優勝した時に出した、279-225-211-226の941だった。
おかげで僕のH4は抜かれてしまったが、今のところH3はまだ抜かれていない。(笑)
ま、今年2011年は時間の問題で抜き去られるかもしれないが。
そんな僕も、ひめも、2010年はほとんど投げなかった。
だいたい月イチがいいところで、二人とも年間で100Gも投げてないように思う。
そんなわけで、あったりまえだが上達するはずがない。
練習アベはあてにはならないが、おそらく僕が190台そこそこで、ひめが170位ってところかなぁ。
昔とあんまり変わってないや。
果たして今年はもう少し投げられるかな。
ちなみに今月は今のところひめが6Gで、僕が12G投げているが、もう一回くらい投げに行くかもしれない。

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2010年の備忘録

もうあれから10カ月が経過しようとしている。
さすがにこれだけ長い期間だと、色々なことがありすぎて、すべて記録しておくことは無理だと思うが、少し頑張って書き記しておこう。
ずっと迷っていた下娘は、その後も無事に?ボウリングを続けている。
それはまわりの期待からなのか自分自身の奮起であるのか今ひとつハッキリとはしないが、ある種、何かの責任感であるようにも思える。
不確かで曖昧な理由なのかもしれないが、強い責任感を僕は身近に居て感じていた。
ただし、本来、一番練習しなければならない時期ではあったが、やみくもに投げるということはもうなくなっていた。
実際2010年に投球したゲーム数は、僕自身の事情により正確にはすべての記録が残ってはいないが、延べ600ゲームほどだったと推定できる。
これは受験生であった2009年が年間1200ゲームを投げていたことを考えると、激減していると言える。
高校生となり生徒会活動が忙しくなったということもあるのだが、前年の半分で月刊平均50ゲーム程度では今のレベルからの劇的な上達は難しいかもしれない。
それでも県民大会以降、国体の関東ブロック大会で2年連続の次点に泣いたものの、その後の県内の大会では成人に交じって少しずつ頭角を現し実績を残し始めた。
7月の県選手権で決勝に進み、女子選手権者決定戦で3位入賞を果たして初めて銅メダルをもらったのを皮切りに、続く8月の県2人チーム戦では準優勝で銀メダルを獲得。
そして遂に10月の県4人チーム戦では最後まで激闘の末に優勝を果たして金メダルを獲得した。
それまで、結果を出したことと言えば、所詮はセンター主催の大会であったり市民大会レベルのものだけだったので、本人も少しは自信がついてきたかもしれない。
ただし、あいも変わらず、県外へ行けば玉砕しまくりで、全高(品川)、新人戦(京都)、都道府県対抗選手権(山口)と、出ると負けばかり。
せっかく、2年連続で全日本ジュニア強化選手になったというのに、県外ではオソマツなゲームばかりで課題は山積みのままだ。
ところで、2010年のホームにおけるグランドアベレージ表をもらってきたので、遅まきながらスコアの記録も復活させようと思っている。
マイボくんで空白の1年間(2010年)は、取りあえず、この表を以て埋めていこう。
ホームでのオフィシャルゲーム数は、大会とリーグを含めて、計250ゲームだった。
年間アベは前半が悪かった分を後半埋めることができず、残念ながら、200には届かないまま、197で終わり、女子でもまだ上には数人いる。
ハイゲームも、県民大会の279以来、ホームでの中村美月プロチャレで頭から9連発のマイクがかかった279がもう一度あったくらいで、後は260台が数えるほど。
練習では、290とかもあって260~270を結構打っていたが、本番はからきしで、当然300も無く、こちらはもう2年近くもご無沙汰だ。
友人たちがガンガン300出しているので、何とかもう一度見てみたい。
てゆーか、ひめに見せてあげたい。
昨年買った車もせっかくナンバーを300にしたことだし、今年はまぁ何とかしてくれることだろう。
そして今年は、いつもそんなに打てないけど先のジャパンオープンで何かの拍子にシングルスでつい1位となってしまった尊敬する森西義治プロから、年間ゲーム数2400(月間200G)の目標を与えられているので、あまりのんびりは過ごせそうもない。
そして仕事を失った僕ものんびり過ごしている場合ではなく、早いとこ何とかしなければ…。

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2010年4月 6日 (火)

セミパーフェクト279で準優勝


県民大会で入賞のかかった最終ゲーム。9フレの10ピンタップに阻まれたものの、セミパーフェクトの279で褒章ゲームとなり、準優勝。最後の投球の内ミスはご愛嬌。

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県民大会は、279のセミパーフェクトで準優勝

数日前、仕事中にひめからメールが来た。
そのメールには、僕と同じように、娘がボウリングに打ち込んでいる親御さんのブログの件が書かれていた。
山梨のパパと、福岡のママのブログを読んでの感想だった。
「みんな同じなんだ。そう思ったら泣けてきた」・・・と。
誰もが挫折を繰り返し、そして、再び立ち上がってくる。
ひめや僕の世代では、スポ根マンガで当たり前だったはずのストーリーは、今ではもう通用しないのかもしれない。
けれど、ひめは言いたかったのだろう。
今だって昔だって変わらないと。
その証拠に、涙を流して大きくなってきたボウラーを僕はもう既に何人か知っている。
そして、その誰もが最初はみなヒヨコボウラーだった。
さて、オール関東ジュニアから一週間、もしかすると下娘にとって、最後の大会になるかもしれない4月最初の日曜日の県民大会は、同じ市内に住むJBCの大御所ノボルちゃんと、上下娘が3人で組むチーム戦だった。
前半3ゲームはいつものように冴えず、534で折り返す。
もっとも仙人ノボルちゃんもマイナスしているのでもわかるように、ここのセンターは、相変わらずのダラっとした感じで難しいレーンだ。
しかもBシフトなので、6人打ちでAシフトが投げた後になり、ややレーンも荒れ始めている。
変に伸びたところもあって、ちょっと投げにくそうだった。
ひめが今朝三時半に起床して、たくさん作ってきたお弁当を前半終了後に食べて、いよいよ後半戦。
もしかすると、下娘にとっては最後のシリーズだ。
この間に県連の役員のKさんに、下娘がボウリングをやめるかもしれない件について話した。
下娘にも、今後どうするのか、県連のいつもお世話になっているIさんに、ちゃんと今日中に話しなさいと言うと、「今日でやめるって後で伝える」との返事だった。
どうやらこのシリーズでやめる決心のようだ。
4G目が終わり、スコア読みが激しさを増してきた。
県民大会は、三人チーム戦だけでなく、一般・シニア・ジュニア別の男女混合個人戦も兼ねている。(ただし個人戦の褒章は3位まで)
下娘は今月から高校生なので、ジュニアとは言え、一般女性ハンデとなり、上娘と同じ、15ピンだ。
チーム戦ではもはや入賞は届きそうもなく、あとは、下娘の個人戦だけ、望みを残すこととなった。
Aシフトは既に終わっているので、最後の2Gで、スクラッチで420ほど打てば、3位入賞となる。
ただし、同じくらい打っている同シフトで同学年のK君に勝つことが条件だ。
このK君、昨年の県ジュニア競技会では、最終ゲームでまくられて、下娘が準優勝となった、因縁の?例のボウリングファミリーのサラブレッドだ。
とは言え、下娘と随分と仲は良いのだが。(笑)
しかし、数ボックス離れたこのK君と5G目が終わっても、まだもつれている。
離れたボックス同士でも、たまにアイコンタクトがあり、二人して燃えていたらしい。
この時点でハンデ込み3マークほど負けていたので、最終ゲームではスクラッチで2マークほどK君に勝たなければ入賞は持っていかれる。
そして、運命の最終ゲームが始まった。
進行は、K君のボックスより、下娘たちのボックスのほうがやや先行している。
下娘はこの最終ゲーム、スタートから本当によく集中していた。
この遅くなったレーンで上娘が悩みまくってディープインサイドから投げているのに、下娘ときたら、10枚目当たりをほぼまっすぐに強い球でスイスイ投げている。
いつの間にか、この下娘は、あれほど直すのに苦労していた斜行もなくなり、つい先日までの弱点だった上半身が左右に揺れるクセもなくなっていた。
下半身が安定してきたためなのだろうか、力強くすばらしい投球だ。
最後の最後になって、オーバーターンもしていない、素直なリリースだ。
左右のレーンどちらとも、まるでポケットを外さないまま、ストライクが続く。
中盤あたりから、周囲のボックスもザワつき始めた。
ギャラリーも徐々に増えてきている。
そして、昨年の東日本選手権で2フレから8連発があったが、それと並ぶ8連発。
ただし、今回は頭からの8連発だ。
そして、第9フレーム、それまでと寸分たがわず、ジャスポケ!と思ったが、惜しくも10ピンタップとなり、パーフェクトの夢は破れた。
この時、K君は、ダブルとハムボーンを持ってきており、これだけ打っても、まだ勝負の行方はわからなかったが、その後、K君はスプリットふたつで、ひとつは執念で拾ったが、さすがに万事休して4位となって着外。
下娘は、最後の10フレをパンチアウトして、セミパーフェクトの279は、もちろん褒章ゲームだ。
投げ終わったあと、本当に嬉しそうだった下娘は、「最後のボウリングが、279で良かった」と、上娘につぶやいていたらしい。
ずっと、後ろで見守っていたひめは、いつものように、半ベソだった。
結局、下娘は前半のスコアが響き、準優勝で終わったが、ジュニア最大の実力者のショウタにも勝って、幸せいっぱいに見えた。
その後、表彰式の前に、祝福に県連のIさんが下娘のところへきたので、そこで下娘が事情を話した。
県連のIさんには、これまでどれだけお世話になったかわからない人だ。
どうやってその恩に報いなければいけないのか、本来はそう考えなければいけないはずなのに、それでも先週日曜日の辛そうな下娘の顔を思い出すと、下娘にそう言って説得することは、僕にはできなかった。
ただ黙って、娘しだいですと、ひめと僕がIさんに話すと、その後Iさんは、ずっと下娘と話していた。
説得を受けた下娘ではあったが、次に会うときまで考えておきますと答えるのが精一杯だったようだ。
この日、僕は、いかに集中力が大切かを改めて思い知ることになった。
きっと下娘は、「最後なのだから、良いボウリングをしよう。」、そう思って投げ続けたのだと思う。
いや、もしかすると、それは無意識のうちにだったのかもしれないが・・・。
良いボウリングをしよう、悔いのないゲームをしよう、だから大切に一投一投、集中して投げよう。
仮に無意識だったとしても、心の奥底で、きっと、そう思っていたから、最後にこんなすばらしいゲームができたのだ。
まさに、「この一球は絶対無二の一球なり」。
ボウリングで言えば、「この一投は絶対無二の一投なり」ってところだろうか。
願わくは、これからもずっと、この言葉とともに、あってほしい。
いつも、この一投に夢を乗せて。

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2010年4月 2日 (金)

中学最後のオール関東ジュニア

人生は挫折と再生の物語。
いくつもの挫折と再生を繰り返し、それぞれの人生は綴られてゆく。
僕らがそうだったように、この娘たちもそれは同じだ。
そしてこの日、下娘は、これまでに経験したことのないほどの屈辱という泥濘に塗れて、大きな挫折を味わうこととなった。
確かに練習量は少なかったかもしれない。
それでも、まさかこんなスコアで中学最後の大会を終えるとは思ってなかっただろう。
213-133-181-148-152-167の994は165アベ。
決勝に残れないどころか、9の字の屈辱。
ボウリングを本格的に始めて、二年と四ヶ月という期間と、その努力を否定されるような結果となり、大会終了直後、この娘は、「もうボウリングをやめる」と、ポツリと言った。
僕は、それを聞いて、「そうか」としか言えなかった。
ひめは、すでに約束してある県民大会と、翌々日火曜日のJBCの練習会はちゃんと出るようにとだけ言った
その翌々日のJBC練習会は、センターのご好意により、駄目西プロのチャレンジマッチとなり、一般参加もできる大会となった。
結果は、プロが800近く打ち、KO賞は無し。
優勝は、ひとり700を打った副支部長だった。
そして、スクラッチで、699を打った下娘が準優勝だった。
レンコンは2番に変わっていたが、先週のJBC練習会に続き、二週連続で233アベを打った。
いくら、投げ慣れたホームのハイスコレーンとは言え、たった二日前に後半のシリーズで四の字をやらかした同一人物のスコアとは到底思えない。
けれど、現実であり、これがボウリングだ。
そして、きっとそれが、この娘の今の実力なのだ。
ヨソで打てない。
大事なところで打てない。
技術は、確実に上達しているはずなのに。
もちろん、進歩しているとは言え、まだまだ駆け出しのヒヨコボウラーだ。
足りないところは山ほどある。
最近、僕は、「自分自信の技術に対する自信と経験が、精神力を支え、それを伸ばしてゆく」と、思えるようになった。
これまでは、結果が悪いとメンタルを鍛えることだけを考えていたが、世界の大○谷さんを丸四日間見て以来、少し考え方が変わったのかもしれない。
技術を伸ばすためには、弛まぬ努力が必要なのは言うまでもないことだが、確かな技術に裏打ちされて、初めて真の自信を持つことができる。
そしてそれによって得た自信と経験が、強靭な精神力の礎となるのだと思えてきた。
折れない心を鍛えるのも当然ではあるが、きっと、折れない技術も必要なのだろう。
しかし、今こんなことを言っていても始まらない。
問題は、果たして、この娘が再生することができるのかどうか
ここまでで終わってしまう程度の子だったのか、それとも・・・。
それは、今はまだ誰にもわからない。

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2010年3月26日 (金)

上娘の優勝とオールスペア賞&下娘700シリーズ

タイトルのとおり。
ほんっと、下娘くん、ヨソで打てよと。
そして、ここのところ時間が噛み合わなくて、久しく上娘の投球も見てないのだが、少しは進歩しているのかしら。
稲沢帰りの翌日の火曜日は、JBC支部ダブルスリーグの最終週でポジションマッチだった。
1番のクラウンはいつものようにハイスコレーン。
僕は仕事が遅番となり、見に行くことができなかったが、下娘が226-259-215と、スクラッチで700を打った。
上娘は、183-191-162の178アベだったが、微妙なハンデを生かして、ダブルスリーグで二度目となる優勝。
この日、リーグ前のプロレッスンに出た下娘は、いきなり練習投球で、スパットまで放り投げ、駄目西にびっくりされたとのこと。
「○○ちゃん、稲沢でもそうやって投げてたの?」と、聞かれ、「いやその、これほどじゃ・・・」、と答える下娘。
参加者が少なかったこともあって、みっちり90分手取り足取り教わったらしく、あっというまに抜けなかった親指は、またもや完全?治癒。
そして、直後のリーグで、700なのだから、やっぱりさすがだわ、プロ。
てゆーか、いつも下娘に付いていてもらいたいものだよ、まったく。
んなわけで、このハイスコのレンコンもあり、翌日のセンター主催のダブルストーナメントに二人して組んで参加した上下娘は、7位と健闘。
優勝は、センターの大御所二人で、合わせてスクラッチで1900も打たれちゃ、勝てるわけがない。
おまけにシニアハンデまでついてしまうのだから、呆れるばかり。
この大会の1G目、上娘はオールスペア賞を達成。
が、オールスペアにしては、183とお茶目なスコアだった。
とは言え、立派な賞のひとつだと思う。
ちなみに僕は練習でもオールスペアなど、達成したことがない。
そのアッパレな上娘は、プラスゲームを打てず、結局、177アベで、下娘が、233-180-181-215の809は202アベと、ぎりぎりプラス。
あとで下娘のスコアを見せてもらったが、4G中、イージーミスが三回もある少々雑なボウリングだった。
それ以外にスプリットが五回もあるので、25発のストライクに助けられたようなハイスコ特有のスコアだ。
上娘もイージーミスは四回なのだが、ストライクの数が12発ではやはりスコアにならない。
マーク数が二人して同じ36にもかかわらず、アベで25ピンも違うのは、当然にこのストライク数の差だ。
上娘は、このあたりが今後も引き続き課題となるだろう。
そして、下娘、何度も言うが、ヨソで打て、ヨソで。

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2010年3月25日 (木)

初めての全日本ボウリング選手権大会

結構ギリギリまで休みが取れるかどうかわからなかった今回の全日の日程だったが、結局、四日間の皆勤賞となった。
前日の夜は二時間程の仮眠をとってから、深夜三時頃に自宅を出発。初日はわざわざ津から下娘を応援に来てくれるという奇特なジュニアを桑名の駅に朝八時半に迎えに行くことになっており、新車のカーナビのおかげで、きちんと辿り付いた。
と、ひめ、眠そうな眼で、なぁにーこの駅~?
いかにも、田舎だわーって口調だが、うちの県だって、長ネギが名産てくらいだから、他をどうこう言えるほどではない。
ま、でも、ひめの東京生まれの東京育ちの感覚ってのは、そんなもんだろうなぁとも思う。
僕は、寺ばかりの田舎で生まれ育ったので、なんとも感じないが、唯一、東京を離れると、電車が短いなーってのがローカルに関しての感想だ。
そんなわけで、初日午前中に稲沢入りを果たす。
それにしても平屋116レーンてば、ほんっと凄いわ。
昔々、名古屋の星ヶ丘ボウルが、やはり平屋100レーンあって、その頃も呆れたものだったが、端から端は霞んでいるというより、当時より老化した僕のオメメでは既に端まで見えない。w
折角だから、これからもなくなることなく、聖地となってもらいたいものだ。
で、初日は夕方から2人チーム戦の前半がスタート。
下娘は第2シフトのため、終わるのが夜10時を回る。
今年からシンセティックと変貌したレーンは結構打ちごろのようで、全体的には結構スコアも伸びているようだ。
が、いつも期待を裏切らない下娘は、またしてもいつものように、親指が抜けないまま始まり、第1Gを、141・・・。
さすがに、パートナーの世界の大○谷さんも、心配そうだ。
2G目に入り、やっと少しずつ抜けつつ、うまくリリースできるようになったなと思いきや、3G目が終了。
初日はこれまで。
というわけで、141-190-207の538では、全国クラスのこの大会では、お話しにならない。
いつものことだが、まともにリリースできるようになるまでに2~3Gも費やすのではスコアにならない。
この野球のピッチャー言えば、立ち上がりの悪さはここ最近致命的となっている。
この部分の課題も戻ったらプロと相談してみることとしよう。
練習投球前に、ボックス外ででも、指抜きのウォームアップするように言っているのだが、それもしないし。
やることは最低やってからゲームに臨んで欲しいものだ。
そして、下娘と同じホテルをとってある一宮駅前まで本日は撤収。
ひめと缶ビールで明日以降の検討を期して乾杯。
で、二日目。
ホテルでバイキングの朝食をとり、二日目の稲沢へ。
第2シフトのため、スタートは遅かったが、この日は2人チーム戦の後半と、3人チーム戦の前・後半のトータル9Gで、終了予定が午後10時50分という長丁場。
体力と激遅レーンでどれだけスコアをまとめられるかが上位に食い込むには必要となる。
前日、下娘のパートナーの世界の大○谷さんは700近くを打ち、貫禄を示していただいた。
勿論、あまりの申し訳なさに下娘は意気消沈。
そして、2人チーム戦後半のスコアも意気消沈。
見ている、僕らも意気消沈。
結局、171-190-181の542で、6Gで1080を打ち、かつかつ180アベで終了となった。
せっかく、大○谷さんのおかげで前半終了時点では、十分に入賞圏内だったのだが、妙に低レベルの安定スコアで2人チーム戦は終わってしまった。
夕方からは、3人チーム戦がスタート。
ベテランのKさんを加えて、遅くなってきたレーンに挑むが、回りが徐々にスコアを落とし始める。
しかし、下娘は何故かマイペースのボウリングが続く。
おそらく、全体のアベが20~30近くは落ちてきているような雰囲気だ。
ま、通常こんなに干からびたレーンで投げることなんて、ないからそれも仕方ないか。
ま、この3人チーム戦の6Gの下娘はそれなりに頑張ったと思う。
スコアとしては、2人チーム戦より悪く、前半、177-180-171の528、後半、189-194-146の529と、相変わらず妙に安定したスコアで終了したが、スコアを崩す県のベテランメンバー6人中では上位だった。
今回、世界の大○谷さんのゲームをトータルで30Gすべて見たわけだが、こんなに勉強になったことはなかった。
これを学ばずして何を学ぶのかという感じだ。
特にこの二日目、10ボード中心から、微妙に立ち位置のアジャストを行い、次に、やや外の8枚目付近も使って、外が使えないとなると、15枚目、そして、微調整を繰り返し、インサイドに入っていき、20枚目、さらには、圧巻の25枚目。
こんなディープインサイドから25枚を使っても、勿論ほとんどポケットは外さない。
そして、ほとんど5番ピンを残さないのが素晴らしい。
スピードが落ちないことがその条件だと思う。
実際、ほとんどのボウラーが、朝と夜では、時速2~3キロは落ちているのに、まったくといっていいほど、球のスピードが落ちていない。
下娘は、朝、時速22キロくらいだったが、夜は19~20くらいまで落ちていた。
それだけ、オイルを探して投げている証拠だろう。
そして、もっとも素晴らしいのが、球質によるアジャストを同時におこなっていることだった。
PBAじゃないんだから、こんな間近でこんな高等技術を見ることはそうそうないと思う。
しかも、これだけの長丁場であればこそなわけだから、そういった意味では、見ることができただけでもラッキーだ。
本日序盤ではフルロールに近い、ローテーションのかなり小さめの球を投げていたのが、中盤で45度、終盤では、60~70度くらいのアクシスローテーションをとって、かつ、チルトがどんどん大きくなってゆく。
終了後に本人に聞いてみたところ、ボールがイカなくなってくると、自然とチルトを付けるようになるとのこと。
つまり、かつて意識してやっていたアジャストが、今では、自然にできるようになっているということだった。
意識してチルトを変えることすら、大変なのに、それを自然とおこなうって、一体、どれほどの技術なんだ・・・。
うーん、恐るべし、世界の大○谷さん。
もっとも、アマ最高レベルってのは、例外なく、こうなのかもしれない。
このチルトが即ち終盤でもスピードが落ちない要因ともなっているわけだ。
いったいぜんたい、どうしたら、こんなレベルに到達することができるのだろうか。。。
思い返すだに、ため息ものだ。
そもそも、普通(てか、僕も含めてヘッポコボウラーのほとんど)は、安定したスイングで同じようなリリースをすることを目指して、その練習で四苦八苦しているのに、そんなのは当たり前で、そこからリリースタイミングのアジャストをおこなうわけだから、ほとんど神業に思える。
板目で半枚すら外すことがないのも、まるで当然なわけだ。。。
それでも、ごくごく稀にではあるが、半枚ミスったように見えるときがあるのだが、これってもしかして、半枚ズラしたアジャスト?なんて思ってしまう。w
真相はどうなのか、さすがにそこまでは怖くて聞けないが。。。
そんなわけで、二日目も終わってしまった。
そうそう、この日は、朱虹パパさんと再会&へなちょこさんと初対面となり、朱虹ちゃんと下娘の投球ボックスが常にご近所ということもあり、観戦しながら談笑。
朱虹パパさんとは、相変わらず、娘同士もパパ同士もまったくもっていい勝負を展開。
そして、朱虹ママさんとも初対面。
娘さんに似て、これまた美しい。
あ、それじゃ、逆か。
ママの美しさ勝負も大激戦だったが、なんとか、僕の腹は勝利を収めることができたようなので満足・・・なのか?(笑)
おみやげまでちょうだいして、感謝。
へなちょこさんとは、また近いうちに息子さんともども、きっとお会いできることだろう。
さて、三日目。
全日本ボウリング選手権は四日間の日程でおこなわれるが、最終日のマスターズに進出できるのはまさしく狭き門というわけで、下娘にとって実質は三日間となる。
三日目は、全日用に作った新しいユニフォームでの6人チーム戦だ。
昨年うちの県は、この6人チーム戦で6位入賞を果たしている。
実力者がいる都道府県であっても、6人のスコアを纏めるのは難しい。
なので、どこにでもチャンスがあるとも言える。
しかし、出足が相変わらず悪かった。
いや、もうホント、こればっかだが・・・。(苦笑)
この日の朝、また応援に来るという津ジュニアの子をホテルで待ってから出発したのだが、到着が第1シフトの既に3G目の途中になってしまい、監督には伝えてあったものの、下娘は、もう少し早く来るようにと注意をされてしまった。
案の定、これでカチカチとなって、またもや、第1Gで、150と、やらかした。
しかしまぁ、よくよく、やらかしてくれる娘だわ。
しかも指抜けが悪く、訳が分からないまま、イキナリ15枚目とか使ってるし。
それじゃ、世界の大○谷さんより、内側だろ!
一発もってきたあと、さすがに、四つ連続だったかで穴をあけたので、さすがに辛抱たまらず、僕にしては珍しく、後ろから声をかける。
後ろから肩に手をやり、外を使うように話すと、「うまく投げられない」と、これまた珍しく、下娘にしては、声も肩も震えていた。
この6人チーム戦は、相当のプレッシャーだったようだ。
とにかく、世界の大○谷さんより2枚くらいは外を使うように伝えて、やっとポケットに持ってきて少し落ち着いてきた。
それでも、緊張はスコアに着実に表れて、結局、150-192-148の490と、稲沢にきて初の四の字を叩く。
最後、僕とひめは声をからしながらも、チームの応援をして、後半は、150-171-232の553と打ち上げて終了。
最後にやっと終盤オールウェイで小爆発して、この232が稲沢での下娘のハイゲームとなった。
相変わらず、爆発するのが遅いよ・・・って、何回「相変わらず」って書いてるんだか・・・。
結局、6人チーム戦も入賞には100ピンほど届かず、下娘はまたもや賞なし遠征となった。
それでも大○谷さんを始めとして、本当にお世話になり、ありがたかった。
そして世界の大○谷さんは、当然のように、個人総合8位でマスターズ進出となった。
これだけでも凄いのだが、本当に凄いのは、これからだった。
翌日は四日目、全日最終日、マスターズ戦。
マスターズに出場さえできれば、前日までの個人総合成績は御破算で、改めて12Gのトータルでの戦いとなる。
そして1Gごとのレーン移動によるマスターズ戦がいよいよ始まった。
序盤から大○谷さんは我慢のボウリングが続くが、中盤で一度だけマイナスしたものの、少しずつ確実にプラスを重ねていく。
ビッグこそないが、凹みもない。
中間成績では、5位~9位をいったりきたりと、手に汗握るゲームが続く。
序盤から独走しているのは、北海道の小さな巨人、ナショナルのMさんだ。
以前、選抜を制したときと比較しても、一段とパワーアップしているように見える。
これに追いつくためには、ビッグゲーム連発しかあとがなくなって迎えた第10G目、大声援の中、大○谷さんは、280を打ち、遂に、マスターズを射程距離に捉えた。
続く第11Gも240↑と、最終ポジションマッチを残して、2位とピン差の3位に収まった。
いよいよ、最終ゲーム。
左斜め前方には、隣のボックスのMさんの、そしてマスターズのスコアが見える。
途中、スプリットでオープンとしても、Mさんの気合は変わらない。
ストライクでピンを弾き飛ばすたびに全身でガッツポーズだ。
静かに燃えている(ように見える)大○谷さんも最後まで食らい付く。
数マークの差はあるものの、ボウリングは最後までわからない。
ナインテンで、40ピン以上をひっくり返せるゲームなのだから。
そんなことは、この目の前で投げているトップボウラーたちはもちろん誰でも知っている。
そして、Mさんの10フレ一投目、これがストライクとなり、万事休した。
二年前、大○谷さんに僅か19ピン差で敗れたMさんも、相当なプレッシャーだったのだろう。
この投球後は、感激で涙を溜め紅潮していた。
遡ること、二年前の1位2位がそのまま逆の順位となり、現ナショナルメンバーのMさんが、元ナショナルメンバーの大○谷さんに、リベンジを果たすこととなり、今年の全日は終了した。
それにしても、良いものを見せてもらった。
長生きはするもんだ。
相変わらず、ひめは感激して泣いていた。
まさに鳥肌もののゲームが最後は続いて、観戦できて本当に良かったと思った。
そんなわけで、帰りは連休最終日なので、当然に大渋滞だろうと思い、鳥肌が立ったまま、名古屋コーチンを食べてから帰ったのだが、帰宅したのは、翌日の朝5時半だった。
たぶん、生まれてこのかた一番疲れたかもしれない。
てゆーか、途中ふらついて、非常に危なかった。
ま、それでも無事にたどりついて良かった。
次は、今度の日曜日。
中学最後の、そして、三回目のオール関東ジュニアだ。
またしても、やらかしてくれるのか?
そんな下娘の、あしたはどっちだ!?

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2010年3月23日 (火)

疲労困憊

朝、五時半、稲沢より帰宅。
どーせ東名は渋滞だと思って、名古屋に夜10時頃まで滞在して、名古屋コーチンを食べてた。
それでも、深夜まで渋滞は続いていて、疲れてボロボロの精神と肉体を鞭打ち、途中休憩しながらもヨタヨタ走行して、やっと家に着いた。
な、わけで、寝る。
今日は遅番でヨカッタ。
ひめさま、ごめんなさい。
ひめは、もうすぐお仕事でお出かけですが、がんがて下さい。
いってらっさい、そして、おやすみなさい。
いや、ホント、まじ、疲れた。。。
全日本選手権の詳細は、また今度・・・。

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2010年3月18日 (木)

再発したオバタン病とプロレッスン

タイトルのとおり、先週から下娘の持病が出始めた。
暫く練習不足だったこともあって、ある程度は覚悟していたが、腕は背負うは、手首は返るは、脇は甘いはでもうボロボロになってしまった。
僕が注意しても、こうなるとなかなか治らない。
土曜日の練習であまりに酷かったため、下娘も全日を控えて半泣きになっていた。
急遽、駄目西プロに連絡をとって、その場で、電話アドバイスで少しずつ修正するも、完治にはほど遠く、月曜日の夕方二時間個人教授をしてもらえることになった。
せっかく、ニューボールのC-システム 3.5も、オーバーターンでは、キチンと働いてはくれないし、もうひとつのニューボール、リップゾーンも、ほぼ一年前の球ながら、プロお勧めなのに、こちらも投げては逆回転の球ばかり。
サム抜けない病=オバタン病が、顕著となって、にっちもさっちもいかない状態になってしまった。
最悪の状態だと、アクシスローテーションが、120度、アクシスチルトが、マイナス30度!の球になってしまう。(←僕も昔、親指が抜けないと、よくこんな球を投げてたw)
まぁ、僕の理想を言えば、ローテで60度、チルトが30度ってとこかな。
駄目西プロの熱心な指導により、どうやら月曜日の練習は、成果があったようで、「なおった!」と、意気揚々と帰ってきた。
まったく現金なもんだが、まぁ治ったのだからヨシとしよう。
それにしても、駄目西プロには、いくら感謝してもしたりないくらいだ。
わざわざ、休日を返上して、たった二時間のレッスンのためだけに、来てくれるとは、本当にありがたいことだ。
指は抜け、回転数も12~13くらいになったとちょっと自慢していた。(あとでプロも自慢していたのには苦笑。)
8Gほどのレッスンだったが、後半4Gは、イージーミスがひとつもなく、247-193-227-277(頭から9連発)の236アベと成果があらわれたようだった。(まぁ、良い時くらいはスコアを書いておいてやろう。w)
翌日のリーグも、なんとか再発せず、650ほど打っていたが、じっくり見ているとオバタンの危険とはほとんど隣り合わせであることがわかる。
本当に、ほんのわずかの差なのだ。
もともとリリース直前に手の甲が真横を向くタイプの下娘は、常にオバタンの危険がつきまとう。
ほんのわずか、サム抜けが遅れると、自動的にオバタンになるようなスイングなのだ。
まぁ、それを抑える秘訣をプロからも伝授されたようなので、暫くは見守っていこうと思う。
ま、なにはとまれ、いよいよ稲沢だ。

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2010年3月17日 (水)

1月&2月&3月前半の備忘録

さて、随分とオサボリしていたので、少し遡って1月&2月&3月前半の備忘録。

01/12 1月度月例会(上下)
二人とも普通だったっけかな?
上娘が最後245とか打って、ちょっと良かったっけかな?

01/17 協会長杯参加(上下)
高校卒業を間近に控えたセナと上下娘が組んで三人チーム戦。
セナは、4月から中部学連に進学するので、同じチームで投げることは今後暫くはないだろう。
スタートこそ、ややヘナチョコだったものの、後半は持ち直し、なんとか決勝にコマを進めたのだが、序盤のマイナスは如何ともしがたく、今回も入賞はできなかった。

01/19 ダブルスリーグ開始(上下)
受験を間近に控えた下娘、やはりここのところの練習不足からか、イマイチぱっとしない。
前回のリーグでは軽く200超えのアベで終了したが、今回はそんなわけにはいかないかもしれない。

01/22 都内某私立高校入試
受験校は、ひめの母校。
併願推薦だったので、気分的にはラクだったようだ。

01/23 合格発表(サクラサク)
翌日には合格発表、早っ!
見事早咲きのサクラは開花。
しかし、この後の、県立高校受験で不合格となれば、私立は、土曜も登校となるので、まだ油断はできない日々が続く。

01/30 新型(四代目)ステップワゴン納車
二ヶ月も待って、やっと納車。
二代目後期ヴァージョンからの乗り換え。
いやぁ、車ってのは、やっぱ進化してるわ。
ちょっと今回の新車乗って、感動した!
常用回転域までは異常に静かだし、踏み込むと、すーっと軽やかに加速する。
今まで乗っていた二代目のほうが、馬力も高いし、ツインカムだったから、今回動力性能には特に期待していなかったのだが、CVTのおかげもあってか、確実に静かでスムーズで、そして確実に速い。
たぶん違いは高速道路での最高速くらいだろうと思われる。
それにしても、良い車だわー。
若干、メータまわりが安っぽいかもだが、カッコを気にしないオイラにはそんなことどうでもいいし。
中が馬鹿っ広いから、たくさんボールと人が積めて、燃費が良いから文句なし。
ついでに書くと、スカイルーフが素晴らしい!!
付けない人は、何なの?馬鹿なの?ってくらい、素晴らしい!!
これ以上書くと、違うブログになりそうなのでこれでやめとこ。藁

01/31 筑波スカイボウル遠征(上下)
納車翌日、早速ドライブを兼ねて苺狩りに出かけて、「旅先転球日記茨城編」を発動した。
筑波スカイボウルの午後の大会に参加したが、ハンデを貰えたおかげで、下娘が準優勝だった。(全っ然サムが抜けてなかったが)
上娘はビケかブビだったかな。
準優勝でいただいた賞の分を足しにして、以前より下娘が欲しがっていた三個入バッグの在庫があったので、即買い。
でも、ひとつしかなくて、上娘は、ふてくさっていた。(どうやら欲しかったようだ)

大会後、水野プロと、しばしアメリカンスタイルボウリングの書籍についてのお話をさせていただいた。
いつも腰が低くて、素晴らしいプロだ。
ファンとしては、何とか一勝してもらいたいと切に願う。

02/02 月例会(上下)
確か、上娘が良かった。
220アベくらい打ったんだったかなー?
女性ハンデ15ピン×4Gで合計950くらいだったかな?

02/07 オール関東ジュニア予選(下)
あまり良くなかったなー。
でもまぁ、一応トップっつことで、去年の夏に続いて、報知新聞の地方版の取材を受けた。
おかげで、その時以来、久々に写真と記事が掲載されたが、顔写真だけだった去年と違って、今回は、なんと全身投球フォーム写真!(笑)
おかげで、在学している中学の校長先生の目に留まり、朝礼で全校生徒の前で紹介されることになってしまった。
シャイな?下娘は嫌がっていたが、小さいこんなことの積み重ねでも、ボウリングがメジャーになっていくためには良いことなのだろうと思う。
ところで、去年の夏に取材を受けたときのバックナンバーがネットで見られるのだが、何とその地方版のサイトでは、知らない間に、「プロカメラマンが撮影したスポーツ写真を御購入いただけます!」って、下娘の写真が売られていた!
許諾した覚えはないのだけど、肖像権の侵害だなー。
いや、別に訴えるつもりはないけどさ。
てゆーか、思わずカートに入れそうになったよ。(笑)
サイズが二種類あるのだが、一枚、400円と200円、って、やっぱ高いな。

02/16 某県立高校前期入試
別の記事に書いたから省略。

02/24 不合格発表(サクラチル)
別の記事に書いたから省略。

02/28 全日合同練習会(下)
今回の合同練習会は、ホームだったのでラクだった。
朝、センターまで車で送っていって、僕はすぐ家に戻り、ひめの朝食の支度をした。
毎日毎日朝早く起きてもらって、みんなのお弁当を作って、夜も仕事で疲れて帰ってきて晩御飯の仕度をしてくれるのだから、休みの日くらいは、ひめの大好きな特製激辛パスタ
ペペロンチーノを作ってあげなければ。
結局練習は見ることができなかったが、どうもここのところぱっとしないようだ。

03/04 某県立高校後期入試
別の記事に書いたから省略。

03/07 県選抜選手権(下)
上娘は出場資格がなく、下娘を乗せて、初投げのセンターへ。
イキナリ130を叩いてしまい4の字。
後半で660を打ったが、前半のへなちょこが響き、16人中、8位で、またもや入賞ならず。
いくらなんでも、シリーズローハイ200は酷過ぎだろ。

03/10 合格発表(サクラサク)
別の記事に書いたから省略。

その他、センターの大会とか練習とか受験シーズンのわりには投げていると思うが、あとは省略。
結構うろ覚えで、間違っているとこもあるかもしれない。
それにしても書くこと、溜めると、やっぱ大変だわ。

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